
FDE(Forward Deployed Engineering)——お客様の業務の中に入り込んで、AIや業務システムを実装する仕事をしていると、ほぼ毎回、同じ場面に出くわします。現場の言い分と、社長の言い分が食い違う瞬間です。
発注業務をシステム化する打ち合わせでのことです。現場のリーダーはこう言います。「この目視チェックだけは外せないんです。ここでミスが出たら、取引先に迷惑がかかるので」。
ところが後日、社長と話すと、こう言われます。「あのチェックこそAIに任せたいんだよね。あそこに人を張り付けているのが、いちばんもったいない」。
私は両方の話をその場で聞いている立場なので、よく分かるのですが——困ったことに、どちらも正しいんです。
現場は、今日の失敗のリスクを背負っています。チェックを一つ外して事故が起きれば、頭を下げるのは現場です。だから慎重になるのは当然で、それは怠慢でも保守的でもなく、責任感の裏返しです。
一方の社長は、会社の数年後を背負っています。人手は簡単には増えない、それでも会社を続けていくには、人の時間をどこに使うかを組み替えるしかない。チェック作業に優秀な人の時間が消えていくのを見て「もったいない」と感じるのも、まったく正しい。
見ているものが違うだけなんです。現場は今日を見ていて、社長は3年後を見ている。時間軸の違う二人が同じ業務を見れば、違う結論になるのは、むしろ自然なことだと思います。
外部の人間として両方の話を聞いていると、はっきり分かることがあります。これは正誤の問題ではなくて、選択の問題です。
リスクを取ってでも人の時間を空けるのか。当面は安全側に倒して、別の業務から手を付けるのか。答えは会社の状況によって変わります。資金に余裕はあるか。その業務のミスが命取りになる業種か。現場に、新しいやり方を吸収する余力が今あるのか。
そして、「会社の状況を踏まえてどちらを取るか」を決める行為には、昔から名前がついています。経営判断です。エンジニアが決めることでも、コンサルの資料が決めることでもなく、最後は社長が決めることなんです。
最後が経営判断だとすると、その判断の質を決めるものは何か。私は、社長自身がAIをどれくらい肌感覚で知っているか、だと思っています。
AIを触ったことのない社長の判断は、だいたい両極端に振れます。「AIで全部できるんでしょ」か、「うちの業界には関係ないよ」か。どちらも判断というより、イメージです。
逆に、週に何度かでも自分の手でAIを使っている社長は、「ここまでは任せられそうだ、ここから先はまだ怪しい」という境界線を、自分の感覚として持っています。この感覚があると、さっきの発注チェックの場面でも、「まずAIに一次判定をさせて、怪しいものだけ人が見る。3ヶ月回して事故がなければ範囲を広げよう」というような、現場の懸念と経営の狙いを両方汲んだ線の引き方ができるようになります。
高度なプロンプトの技術も、最新モデルの知識も要りません。必要なのは、自分の手で触って、外した経験と当たった経験があること。それだけで、判断は「イメージ」から「見立て」に変わります。
とはいえ、感覚だけで線を引くのも心もとない。だから私たちはFDEのやり方として、議論を重ねるより先に、小さく作って現場で試すことにしています。
動くものを前にすると、不思議なもので、抽象的な賛成・反対が具体的な話に変わります。「AIなんて信用できない」と言っていた現場の方が「これ、この項目も読めるようになりませんか」と言い出し、「全部自動化でいい」と言っていた社長が「ここは人が見たほうが早いな」と言い出す。想像で引いた線が、事実で引き直されていく。この瞬間が、この仕事のいちばん面白いところかもしれません。
もしAI導入を考えている社長さんがこれを読んでいたら、お伝えしたいことは一つだけです。まず、ご自身で触ってみてください。そのうえで現場と話が噛み合わなかったとしても、それは会社がおかしいのではなく、健全な証拠です。現場も正しくて、あなたも正しい。
そこから先の線引きをどうするか——その相談から、私たちはご一緒できます。
