
2026年10月の上旬、IPA、経済産業省、国家サイバー統括室、金融庁など、複数の公的機関が相次いで注意喚起を出しました(ピヨログの集計)。国内で、不正アクセスによる情報漏えいが相次いでいるためです。IPAの注意喚起は、大量の情報を持つ事業者の経営者に、至急の点検を求めています。
この記事は、ニュースの解説ではなく、「経営者は結局、何を決めればいいのか」を整理したものです。ゼロトラストやAIのセキュリティといった新しい言葉も含めて、公的資料に書かれていることを軸にまとめました。出典は、各記述のそばに示しています。本記事は公的資料の整理であり、個別の診断ではありません。状況は日々更新されるので、情報は2026年10月11日時点のものです。
IPAが10月9日に出した注意喚起によると、金融機関や通信事業者など幅広い事業者で、不正アクセスによる情報漏えいの公表が相次いでいます。大量の個人情報を扱うオンラインサービスやアカウントのシステムに侵入され、データが盗まれる事案が目立つとのことです。
原因については、特定の製品の脆弱性を狙った攻撃とは断定されていません。ただ、公表された事例の傾向から、外部に公開しているアプリケーションやサービスの侵害、またはアカウントの侵害が起点になっていると考えられています。盗まれた情報は、悪用だけでなく、公開をほのめかす脅迫や不正売買など、二次被害にもつながりやすいとされています(IPAの注意喚起)。
ランサムウェアも、減ってはいません。警察庁が公表した資料(公表ページ)を伝える報道によると、2025年の国内の被害報告は226件で、過去2番目の多さでした。IPAの「情報セキュリティ10大脅威 2026」でも、組織向けの1位はランサム攻撃、2位はサプライチェーンや委託先を狙った攻撃です。
昨年の大きな被害から見えてくるのは、攻撃の派手さではなく、守りの地味な部分でした。ここでは、各社の公表と、報道・解説で確認できる範囲にとどめます。
アスクルは、2025年10月19日にランサムウェア攻撃を受けました。調査結果によると、きっかけは業務委託先が使っていた管理者アカウントの認証情報の漏えいで、そのアカウントには多要素認証が適用されていませんでした。攻撃者は盗んだIDとパスワードでVPNから侵入し、端末の監視ソフト(EDR)を無効化したうえで、物流システムなどを暗号化し、バックアップも削除しました。ランサムウェアを想定したバックアップ環境がなかったことが、復旧の長期化につながったと説明されています(IT Pro(Impress))。
アサヒグループホールディングスは、2025年9月29日に被害が発生しました。会見では、グループ内拠点のネットワーク機器を経由して侵入され、その後、データセンターで管理者権限を奪われたと説明されています。侵入に使われた機器の名前は、公式には明言されていません。システムの一部が復旧するまで、2か月以上かかりました(トレンドマイクロの解説)。
二つの事例から言えるのは、守りの中心が高度な技術ではなく、認証、権限、検知、バックアップという基本の運用にあるということです。
長い間、会社のセキュリティは城壁のような考え方でした。社内ネットワークの内側は安全で、外から入ってくるものを見張る。VPNは、その城門の鍵のような存在です。
けれど、正規のIDとパスワードを盗まれると、その鍵は簡単に開きます。しかも、いったん中に入られると、内側は信頼されているので、自由に動けてしまいます。アスクルの事例は、この流れでした。
そこで考え方を変えるのが、ゼロトラストです。米国のNIST(国立標準技術研究所)の文書「SP 800-207」は、ネットワーク上の位置や、資産を誰が持っているかだけを理由に、暗黙の信頼を与えない、という考え方を示しています。社内にいるから、会社のパソコンだから、という理由では信用せず、誰が、どの端末で、何にアクセスしようとしているのかを、そのつど確認する。ゼロトラストは製品の名前ではなく、この考え方のことです。
アスクルとアサヒは、どちらも再発防止の方向性として、ゼロトラストを前提にした対策を掲げています(IT Pro、トレンドマイクロ)。
中小企業が、いきなりゼロトラストの製品を入れる必要はありません。実務では、次の四つから始められます。
なお、今回のIPAの注意喚起には、ゼロトラストという言葉は出てきません。ただ、求めている対策は、認証の強化、権限の見直し、アカウントの棚卸し、ログの見直しで、私はゼロトラストの考え方とほぼ同じ方向だと読みました。
IPAは、外部に公開しているアプリケーションやサービスが、侵害の起点になっていると考えられるとしています。お客様向けの会員サイト、予約システム、アプリのAPI、管理画面、問い合わせフォームなどです。
IPAの注意喚起が挙げている点検と対策を、Web担当者向けに言い換えると、次のようになります。
最後の「持たない」は、一番効きます。盗まれるデータが少なければ、被害は小さくなります。使わなくなった会員情報や問い合わせの履歴を、一定期間で消す運用でも、減らせます。
IPAの10大脅威2026では、「AIの利用をめぐるサイバーリスク」が、組織向けの3位に初めて入りました。ただ、AIのセキュリティと言っても、立場によって話が違います。
一つ目は、社員がAIを使う場面です。ChatGPTなどに顧客情報や社内資料を貼り付ければ、情報が社外に出る可能性があります。総務省と経済産業省の「AI事業者ガイドライン」は、2026年3月の更新で、意図しないデータの漏えいを防ぐために、入力するデータを最小限にする重要性を加えました。出力が重大な影響を与えうる場面では、人の判断を介在させる仕組みも求めています。実務では、まず誰がどのAIをどう使っているかを把握し、使ってよいツールと、入れてはいけない情報を決めるところから始まります。
二つ目は、自社のサービスにAIを組み込む場面です。たとえば、問い合わせ対応のチャットボットや、社内文書を検索するAIです。ここで代表的なのが、プロンプトインジェクションです。細工をした入力で、AIに意図しない出力をさせる攻撃で、攻撃者が直接入力する場合と、AIが読み込むWebページやファイルに指示を仕込む場合があります。総務省が2026年3月27日に公表した「AIのセキュリティ確保のための技術的対策に係るガイドライン」は、入力、外部から参照するデータ、出力のそれぞれの検証、ログの保存、利用回数の制限などを対策に挙げています。生成AIアプリの代表的な危険をまとめたOWASPの「LLMアプリケーション Top 10(2025年版)」でも、プロンプトインジェクションと機密情報の漏えいが、先頭の二つに挙がっています。
三つ目は、AIエージェントです。人に代わってメールを読み、システムを操作するAIのことです。便利な反面、AIに与える権限が広いほど、乗っ取られたときの被害も広がります。総務省のガイドラインは、AIエージェントを、技術が発展の途上にあるとして、現時点では対象外にしています。経済産業省も、2026年9月に、AIエージェントを使う事業者向けに、対策の好事例を取りまとめる検討方針を示した段階で、正式なガイドラインはまだありません。だからこそ、各社が自分で守る必要があります。基本は、AIに渡す権限を最小にすること、そして、削除や送金のような取り消せない操作は、人が承認することです。
攻撃する側がAIを使っているのか、という点も気になります。今回の一連の事案については、攻撃にAIが使われた可能性に触れた分析もありますが、AIの利用を直接示す痕跡は確認されていないと、その分析自身や専門家の資料が述べています(ピヨログのまとめ)。現時点では、AIで攻撃が新しくなったというより、基本が破られていると見るのが、事実に近いと私は考えています。
IPAの注意喚起をもとに、優先順位をつけました。
今週のうちに
今月のうちに
今期のうちに
もし点検で異常なログや、覚えのないアカウントが見つかった場合、IPAは、専門のセキュリティベンダーへの詳細調査の依頼を強く推奨しています。自力で消して終わりにしないでください。
今回の注意喚起で、IPAも経済産業省も強調しているのは、対策を担当者任せにせず、経営者が主導することです(経済産業省の発表は、日経クロステックも伝えています)。IPAは、経済産業省の「サイバーセキュリティ経営ガイドライン」にある、経営者が認識すべき三つの原則を紹介しています。サイバーセキュリティリスクを自社の重要な経営課題として捉えること。自社だけでなく、拠点や取引先、委託先を含めて目を配ること。平時も緊急時も、関係者と積極的にコミュニケーションをとること。
技術の話に見えて、実際に決めることは経営の話です。どこまでデータを持つのか。委託先にどこまで任せるのか。AIにどこまで権限を渡すのか。人が承認する場面をどこに置くのか。どれも、リスクと利便性のどちらを取るかの判断で、担当者が一人で決められるものではありません。
弊社は、AI導入や業務システムの構築を通じて、お客様の業務の中に入る仕事をしています。その中で、セキュリティは、あとから足すものではなく、どの業務にAIを使い、どこを人が確認するかを決める段階から、一緒に考えるものだと捉えています。自社の現状の整理から相談したい方は、下記よりお問い合わせください。
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